異口同音の大同小異

「同じであることと異なることは同じである」という命題は真か偽か考えてみたい。
ただし、ここでは多値論理は用いないものとする。
同じであることと異なることが同じであった場合、同じであることと異なることは同時に異なることになる。
このことは「同じであることと異なることが異なる」という直観に矛盾しない。
すなわち、「同じであることと異なることが同じである」という命題が真偽どちらであっても不合理は生じないことになる。


対義の対義は類義ではない。
対義の対義は無関係である。
類義の対義も無関係である。
すなわち、類義と対義は類義である。


ことばには物事の本質を捉える力はない。
記述はそれ自体が近似を孕む。

このような立場でことばの根源性を否定するのが中観思想であると自分は理解している。
意味も意義も目的も何もかもことばにできてしまうものは存在していないのだ。